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第25日:礼拝

四旬節第4水曜日

「退け、サタン! 『あなたの神である主を礼拝し、ただ主にのみ仕えなさい』と書いてある」(マタイ4:10)。これは、サタンの三度目の誘惑に対するイエスの応答です。第一に、イエスは悪魔の誘惑に屈することを拒まれただけでなく、悪い者自身をも断固として叱責されました。第二に、イエスはサタンとその誘惑を叱責するにとどまらず、わたしたちは神だけを礼拝し、神だけに仕えなければならないという永遠の真理を語られたのです。

神は天上の天使の位階を創造されたとき、一人ひとりの天使に、ご自分を礼拝し、その完全なみ旨に仕えるよう招かれました。黙示録12:4は、「空の星の三分の一」、すなわち天使の三分の一が神の招きを拒み、天から追放されたことを伝えています。追放された後も、これらの堕天使は本来備えていた力を失わず、その力を用いて、すべての被造物をご自分のもとに引き寄せるという神の完全な計画を妨げようとしています。この現実と、それが人生を歩むわたしたちにもたらす重荷を自覚することは大切です。さらに大切なのは、荒れ野でのイエスの四十日間を黙想しながら、悪い者と対峙されたイエスから学び、その完全な応答に倣うことです。

サタンを叱責することは、わたしたちが主に倣う第一の方法です。そのためには、まず、悪い者がわたしたちに投げかける偽りを見分け、退けます。それに加えて、サタン自身を叱責しなければなりません。その際、悪魔と堕落した悪霊たちには、わたしたちに影響を及ぼし、欺き、誘惑する力があることを認めます。自分の力だけでは、その影響に対抗することはできません。祈りのうちに行う叱責をキリストの祈りに合わせて初めて、わたしたちはイエスの権威をもって「退け、サタン!」と言うことができるのです。この叱責は、絶えず目を覚ましているための、生涯にわたる祈りとならなければなりません。悪い者は眠ることなく、わたしたちを誘惑するのを決してやめませんから、わたしたちも絶えず叱責し続けなければなりません。悪魔が存在しないかのように振る舞ってはなりませんが、恐れてもなりません。むしろ、その存在を認め、主とともに、繰り返し叱責するのです。

わたしたちは叱責にとどまらず、神が啓示された、より高い真理に心を向けなければなりません。それは、わたしたちの神である主を礼拝し、ただ主にのみ仕えるために、わたしたちが造られたという真理です。礼拝は、わたしたちが何者であり、何のために造られたのかという核心に関わります。礼拝によって神の偉大さが増すわけではありません。神は、ただ神であるがゆえに偉大なのです。しかし、礼拝は神をあがめるものであり、わたしたちが礼拝に加わることによって、神が被造物からお受けになる栄光はいっそう大きくなります。わたしたちが神を礼拝するのは、それによって、より十全に神の子どもへと変えられ、神のいのちにいっそう深くあずかるよう引き寄せられるからです。神が望んでおられるのは、ただこのことです。神は、わたしたちがご自分との深い交わりのうちにあり、その聖性にあずかり、日々の生活の中でその栄光を輝かせることを望んでおられます。礼拝とは純粋な愛にほかならず、わたしたちを満たすのは、その愛だけなのです。

日々出会う、対照的な二つの声について黙想してください。一方は、イエスの命令の力によって叱責しなければならず、もう一方は、日ごとにいっそう深く受け入れなければなりません。神を礼拝することは、わたしたちの心を満たします。あなたは、そのために造られたのです。礼拝は、あなたを、神が望まれる人へと変えていきます。それは、あなたを神のいのちにあずかるよう引き寄せ、究極的には、堕天使の欺きから完全に守られ、神の輝かしい栄光にあずかるための唯一の道なのです。

栄光に満ちたわたしの神よ、あなたは、ご自分が造られたすべての者を、ただあなただけを礼拝することによって、あなたのいのちにあずかるよう招いてくださいました。その礼拝の行いによって、被造物はあなたの神としてのいのちにあずかる恵みを豊かに注がれます。どうか、悪魔とその多くの偽りを叱責できるよう、わたしを強め、そして、わたしがそのために造られた礼拝の生活へと引き寄せてください。わたしの神よ、あなたを愛します。そして、永遠にただあなただけを礼拝することを選びます。イエスよ、わたしはあなたを信頼します。

こちらもご覧ください: 第25日:十字架のもとで過ごす40日間

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