
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われました。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」それから杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らに与えて言われました。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪のゆるしのために、多くの人のために流される、わたしの契約の血である。」マタイ 26:26-28
至聖なる聖体の秘跡が初めて祝われたのは、最後の晩餐のときでした。そのとき、イエスは使徒たちの前で、司祭職と聖体の秘跡の両方を制定されました。この祭儀におけるいけにえの奉献は、イエスが十字架上でご自身の体をいけにえとしてささげられ、苦いぶどう酒を飲んで「成し遂げられた」と叫ばれたとき、その頂点に達しました。わたしたちの聖母は、十字架のもとに立ち、この永遠の注ぎ出しを目の当たりにされました。そして、世界を聖なるものとするために地に滴り落ちるイエスの尊い御血の、一滴一滴を礼拝されました。
復活の後、わたしたちの聖母は、聖体の祝宴にあずかるたびに、新たな深い仕方で御子のいのちにあずかる恵みを受けられました。使徒たちとともに聖なるミサにあずかり、御子ご自身の尊い御血を飲み、その聖なる御体を食されたのです。
御子の苦しみと死の光景は、聖母の記憶に永遠に焼き付き、その心に刻まれていました。しかし、聖体拝領を通して御子と結ばれることによって、その苦しみと死の意味が完全に明らかになりました。御子の御からだと御血を受けるたびに、聖母はその魂と神性をも受けていたのです。この聖体の賜物のうちに、聖母はかつてないほど御子を身近に感じ、その十字架上の死こそが、御子との新たな深い一致の源であることを知りました。もはや御子は、遠くから愛をもって見つめるだけの方ではありませんでした。ただ胎内に宿していた方でもありませんでした。今や御子は、聖母が食べることによって、その心と魂の最も深いところに入ってくださる方となったのです。
御子を見つめ、その最期の息を見届けたとき、御子と共にいるという地上の希望はすべて失われました。しかし、御子が「成し遂げられた!」と叫ばれたその瞬間、聖母と御子との関係は永遠に変わりました。御子のいのちは父である神にささげ返されましたが、聖母は聖体において御子を最初に受けた人々の一人となったのです。
今日、わたしたちの母である聖母と御子との深い関係について黙想しましょう。聖母は、聖体においてイエスをご自分の体と魂に迎える恵みにあずかり、イエスとの交わりは、愛の新たな、より深い次元に達しました。わたしたちも皆、イエスとのこれほど深い交わりへと招かれています。わたしたちも皆、ミサという賜物にあずかることによって、イエスと一つになるよう招かれているのです。この秘跡における主の現存を、自分がどれほど深く信じているか、黙想しましょう。この賜物の恵みに、自分をどれほど余すところなく開いているか、黙想しましょう。主の御からだと御血、魂と神性をいただくとき、主に自分のすべてを満たしていただく決意を新たにしましょう。主との一致を生きるよう招かれているのは、主の十字架という栄光に満ちた賜物によるものであることを心に留めましょう。
慈しみ深いわたしの母よ、あなたは御子を見つめ、その最期の息を見届けられました。御子が死を迎え、世の救いのためにいのちをささげられるのをご覧になりました。しかし、あなたはそれよりもはるかに多くのことをご覧になりました。御子のいけにえが完成するのをご覧になると同時に、それが新たな始まりへと変えられるのもご覧になったのです。あなたは、いとも聖なる聖体の始まりに立ち会い、その後の生涯を通して、それにあずかる恵みを受けられました。
愛するわたしの母よ、御子の御からだと御血を受けることに忠実にあずかる恵みが、わたしに与えられるようお祈りください。あなたのように、この上ない信仰をもって御子をお迎えし、その救いのいけにえに、わたしの魂の隅々まで満たしていただくことができますように。
愛するわたしの主よ、あなたは、わたしたちの間に絶えずとどまってくださるという賜物として、聖体をお与えくださいました。この尊い賜物において、あなたはわたしをご自分との深い交わりへと招いてくださいます。あなたの十字架を仰ぎ、注ぎ出される御血を見つめるとき、わたしの魂を開き、海綿が水を吸い込むように、神であるあなたの現存を受け入れることができるようお助けください。愛する主よ、わたしは自分をあなたにささげます。どうかわたしと一つになってください。
母マリアよ、わたしのために祈ってください。イエスよ、わたしはあなたを信頼します。
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