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質問:免償

質問: 新しい教皇の発表を胸を躍らせて見ました……しかも生中継で見ることができました。放送が終わってから、フランシスコ教皇が、テレビで見ていた人々にも免償を与えられたと聞きました。免償という言葉は聞いたことがありますが、それが何なのか、よく分かりません。説明していただけますか。

回答:免償は、わたしたちの教会にある賜物の一つですが、それを理解している人は多くありません。かつては、免償がもっと頻繁に語られ、実践されていました。おそらく混乱や誤用のために、免償は教会での日常の会話から徐々に遠ざかっていきました。近年は、免償について耳にすることが増えています。

では、免償とは何でしょうか。公式の定義は次のとおりです。「免償とは、罪責がすでに取り除かれた罪に伴う有限の罰が、神の前で免除されることです。」うーん、それはいったいどういう意味なのでしょうか。

この定義を理解するには、罪と、それがわたしたちに及ぼす影響に目を向けるのが最もよい方法です。罪を犯したとき、わたしたちにはゆるしが必要です。ゆるしは、ゆるしの秘跡を通して、無償で与えられます。わたしたちの罪が重大なものであれば、わたしたちは永遠の罰に値します。告解は、この永遠の罰を取り除きます。告解によって、より小さな罪の罪責もゆるされます。しかし、ゆるされたからといって、その罪への執着も取り除かれるわけではありません。たとえば、日常的に汚い言葉を使ってきたことを、心から悔やんで告白する人がいるとします。その場合、神は、その人が過去に汚い言葉を使ったことを、すべて完全にゆるしてくださいます。しかし、このゆるしは、罪を犯す習慣が完全に断ち切られたことを、必ずしも意味しません。告解場を出たところでつまずいて転んだら、すぐに汚い言葉を口にしたいという誘惑に駆られる可能性は十分にあります。このことは何を示しているのでしょうか。わたしたちには、ゆるしだけでなく、罪を犯す習慣と罪への不健全な執着から、すっかり離れるための恵みも必要だということです。これは難しいことです! 真の回心が必要です。しかし、まさにそのために免償があるのです。

教会、具体的には教皇は、地上において天の恵みの宝庫を開く権能を持っています。また、信者が敬虔さと信仰と信心を表す一定の行いをするなら、あらゆる罪への執着から完全に離れる歩みをさらに深められるよう、神が恵みを注いでくださることを確信できると、信者に知らせる権能を持っています。たとえば、聖体の前で少なくとも三十分間祈る人は、その前後七日以内にゆるしの秘跡と聖体拝領にもあずかり、教皇の意向のために祈るなら、全免償(完全な免償)を受けることができます。全免償を受けると、罪への執着から完全に離れ、完全な恩恵の状態に生きるために必要なすべての恵みが、その人に与えられます。したがって、ゆるしの秘跡にあずかり、免償を受け、回心と愛によってこの恵みに心を完全に開いた人が、その瞬間に亡くなったなら、その人はまっすぐ天国へ行くことになります。

何よりも大切なのは、免償は、わたしたちの神が注ごうと望んでおられる恵みを受ける、もう一つの方法にほかならないと理解することです。この恵みは、罪へと傾く心から離れるために、特に与えられるものです。そして、神が与えてくださる恵みはどれも必要なものであり、大きな期待と感謝をもって求め、受け取るべきものであることは確かです。お役に立てば幸いです。


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